アニメ・コミック

シュールなガッチャマン

CSのカートゥーン・ネットワークでウイークデイの零時半から、懐かしき「科学忍者隊ガッチャマン」がオンエアされていて、風呂上がりの寝る前、余りの懐かしさに、つい見入ってしまう今日この頃。小学生頃、テレビにかじり付いて見ていたガッチャマンだが、この年になって改めて鑑賞すると、色々な発見がある。とりあえず子供番組なのでダメダメな展開が多い。

例えば科学忍者隊メンバーが屯している、甚平とジュンがやっている喫茶店。その店は恐らく日本国内の都市(きっと東京)にあるのだろうと思うのだけれど、ある回で、ヒマラヤで雪男が出没するというニュースを見た甚平が、この喫茶店からバギーで走り出し、ヒマヤラに行ってしまうストーリーがあった。日本から車でヒマヤラに行くって、どんな道を通るのか。それはないだろうと、テレビに突っ込んでしまった。(今、考えてみると途中でG4号にバードチェンジしたのかも知れないなぁ。)

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大人になって観たヤッターマンに思う事

先の14日、私の様な年代の人間には伝説となっている「ヤッターマン」が、日本テレビで復刻された。すっかりいい年になっている私も懐かしさに勝てず、オンエアを観てしまった。そしてまず、オープニング曲に違和感を覚える。アコギで奏でるヤッターマンの主題歌は、余りにイメージが違い過ぎた。「でも、これが現代のテーストなのねん」と自分を納得させていたんだけれども、巷では色々と物議を醸し出している様ですなぁ。なんか、オリジナルを歌っていた山本正之と制作サイドの間に、トラブルがあった模様。

さて表題の通り、大人になって観たヤッターマンに思う事であるが、まずヒロインのヤッターマン2号が中学生であったにビックリ。とすると、ヒーローであるヤッターマン1号もそのくらいの年齢な訳で、この二人はアニメ設定では恋人同士っぽい設定。しかし、ちょっと待てよ。二人は中学生くらいの年齢でありながら、一つ屋根の下に暮らし、いつもイチャイチャしているのかよ。これは「14才の母」のアニメ化か。と、子供の頃は何も考えていなかったが、こんな下世話な考えが頭から離れない。子供の純真な記憶を無くし、すっかり世相のアカに塗れている私が、そこにいたのであります。

またヤッターワンに乗って移動する方法が、手すりに掴まって移動する事。「ヤッターワンは水陸両用で、地球を全体をカバーして移動するのに、ずっと手摺りに掴まったままなのかよ。座って移動できないんじゃ、疲れるんじゃないかなぁ」と、すっかり老体の考えで、頭が一杯。

うーん、やはり私は、すっかり大人になってしまったようですねぇ。

今更ながらファースト・ガンダム


私は「機動戦士ガンダム」を、ほぼリアルタイムで観られた年齢である。しかし記憶を辿ってみると、夕方オンエアされていた再放送を観ていたんだと思う。それは高校生か、大学に入ったばかりの頃だっただろうか。すっかりはまってしまい、大学の帰りに鄙びたプラモデル屋さんで、ガンプラを買いまくった記憶が蘇ってきた。大学がかなりの田舎にあったので、都会では買えなかったガンプラが手に入りやすかったのだ。

その後、Zガンダムを少し観たけど、ついて行けず、ガンダムから全く遠ざかっていた。その懐かしいファーストガンダムが今、Yhaoo動画で観られる様になっていた。先日、それを知って毎晩、少しずつ、観ている日々。

さて大人になり、改めて観るファーストガンダムは、どうなのか? まだ8話くらいまでしか観ていないのだけれど、ストーリー的にも大きな破綻はなく、やっぱりすばらしい作品だと再認識させられる。ただエンジニア的な観点からは、メカニック系の問題点が目に付いてしまう。まぁ既に30年近くも前の作品であるのだから、そんな目くじらを立てても仕方ないという意見もあろう。確かにそうで、粗方の部分は大目に見たい。しかし私は当時の子供時代から、どうしても納得できない部分があった。それはホワイトベースの飛び方である。

ストーリーでは、サイド7を脱出したホワイトベースは、そのまま大気圏突入を果たし、地球上を飛行する。その飛び方がまるで戦艦が大海原を行く様な速度で、空をゆっくり飛ぶのである。重力のない宇宙なら問題ないが、地球上をあの形状のまま、しかも超低速で飛ぶ飛び方はには、どうしても無理があるだろう。確かにハリアーの様に、ゆっくりと飛行できる方法が無い訳ではない。が、あの巨大戦艦を低速で飛行させると、膨大なエネルギーが必要になるし、発生する風圧で周りのモノが軒並み破壊されてしまうだろう。どう考えても、無理なのである。

まぁ、ホワイトベースの大海を漂う大戦艦というイメージは、ストーリー的に欠かせないファクターでもあり、そこに引っ掛かっていては、ファーストガンダムは楽しめない。それは私も分かっているつもりある。余り深い事を考えず、とりあえず懐かしいファースト・ガンダムを楽しんだ方がいい。分かってはいるのだが、どうしても突っ込みたくなる、野暮な私であった。

ヤシマ作戦について考える

またすっかり、ご無沙汰してしまいました。仕事は一段落したものの、ずっと腑抜けのようになっておりました。今回の仕事はメチャメチャハードで、血尿は出ちゃうし、もう死ぬかと思いました。

さて唐突に、エヴァンゲリオンの「ヤシマ作戦」について考えてみたいと思います。何故、エヴァなのかと言いますと、先の9/1に「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」が公開されたからです…。あっ、本当の理由は、書きネタがないから(笑)。

エヴァンゲリオンの「ヤシマ作戦」詳細については、ここ等を参考にしてください。ヴァンゲリオンで、この「ヤシマ作戦」編は、かなりの山場のようですが、エンジニアである私から見た場合、少しおかしいとずっと感じていました。「えっ、エヴァ自体がSFなのだから、いいだろう」って。まぁ、確かにそうですが、書きネタがないんだから、仕方ないじゃありませんか。

「ヤシマ作戦」のポイントは、ネルフが戦略自衛隊から自走陽電子砲を徴発する件でしょう。しかし私は、そもそもこの自走陽電子砲はエヴァ用に開発されていないのに、ライフルのような狙撃スタイルをとるのだろうと、疑問を持ったのです。Yahoo動画で、このヤシマ作戦編を見る限り、自走陽電子砲はエネルギー・カートリッジを装填したり、発射後、そのカートリッジが排出されたりと、ほとんど狙撃用ライフルのような形状と機能を持っています。

エヴァから撃つ事を想定されていない自走陽電子砲なら、そのまま双子山山頂にセットし、使徒ラミエルを狙撃すればよろしい。唯一、考えられるケースとしては、使徒ラミエルからの攻撃を想定し、エヴァがライフルを持って移動する事くらいでしょうか。でもエヴァも自走陽電子砲を持って移動する事無く、双子山山頂で狙撃スタイルを取っています。この辺りを考えていくと固定された自走陽電子砲をエヴァ二体で、使徒ラミエルから守るというストーリーの方が真実味があると私は思ったりするのですねー。

纏まりのない文章になってしまいましたが、今回はこの辺で。心と体をリフレッシュして、また書き込みしたいと思います。